傍は空いていますか?
「何でレオは」
そう言って、少し、しまった、という顔をしたフリーは、そっとレオの背中を見る。
やれやれ、という感情の篭ったため息をして、レオが振り返る。
出会った頃は、やわらかく幼さを感じさせ、性別を不確かなものにしていた輪郭は、す、と削げ落ち、精悍さとほんのわずかな疲れを感じさせた。
レオは、なんだよ、そう口を動かし、続きを急かされる。
出した言葉は戻ってこない、後で後悔しても遅い。
後で根に持たれても仕方がないので、ゆっくりと息を吸い、途切れた言葉の先をつむぐ。
「一人で来たのかなって。女の子にもてただろう、レオ。なのに、お前が一人で来て、ずっと此処にいるから、俺は少し心配に思ったんだ。もしかして、一人身の俺のために誰かを悲しませるようなことをしたんじゃないかって」
それはうぬぼれかも知れないけれど、心の中で付け加える。
複雑そうに寄せられた眉と年老いて艶のなくなった肌が、かつて二人を離れ離れにした時間というものを思い知らせた。
吐き出された思いに、レオは目を少し見開いて、その後、弓なりにして笑った。
「アンタこそ、やっと腰をすえたから誰かいい人がいるんじゃないかって、僕はどきどきしながら此処まできたっていうのに、此処に来るのは爺さんと婆さんばかりときたもんだ」
そこまで一息で言って、言葉を区切った。
フリーの言うとおり、レオは女にもてた。
背はあまり高いとはいえなかったが、すらりと細身の身体、柔らかく美しい金の髪、美しさと精悍さの同居した顔つき、街から信頼される騎士団の団長補佐、もてる要素がある彼を見つめる女性は多かった。
けれど、どの女性にもレオは好い返事をしなかった。
長い遠征、団長の補佐、自分の性格、どれをとっても女性と長続きする要素がない、と自分で見限っていたのだ。
それに、旅を終えた自分が向かう場所は、既に決めていた。
自分には行く場所があって、拠り所がある、それ以外のものは要らなかった。
沢山のものを持って、腕の隙間から大切なものを落としてしまうのを拒むように、二つの手に大切なものだけを握り締めて歩いてきた。
「僕は、アンタが一人身なのをしってほっとした。まだ、アンタの傍にいて良いんだって、背中を押されたって思った」
そっとベッドに歩み寄り、傍に置いてある椅子に座る。
古い椅子は足ががたがた、と揺れる。
昔はあんなに高いところにあった彼の顔が、今では随分低い位置にある。
彼を支えて歩く時、何時(かこ)と同じ場所に彼の顔があると、ひどく懐かしく感じた。
「俺は、嬉しかったよ、お前が来てくれて」
ゆっくりと伸ばされるフリーの手に、そっとレオの手が触れる。
「悪い知らせを聞いたのが、昨日のようにも、もう何十年前にも感じられる」
田舎のゆったりとした時間は、騎士団のせわしない時間を幻のように感じさせた。
引かれる様に動かされた手に促されて、レオは身体の重心を前に傾けた。
二人の横の小さな机の上で、優しい光を受けて、風化した葉の入った小さな硝子瓶がきらりと光った。