もう一度逢う
ああ、今、自分は人生で一番ダサい。
レオはそう思った。
あの、雪山越えから一年のち、レオはブラッドに退団を再び申し出た。
王都を拠点に、新しい力も成長し、今の騎士団に自分の役目はないと感じたからだ。
ブラッドが、済まなかったな、と本当に申し訳なさそうに言うので、謝るなよ、とレオは振り払うように明るく言った。
それから、少ない荷物をまとめ、団員に別れを告げ、スクーレまで馬車で向かった。
荷物を置き、ごろりと寝転べば、馬車の広さに寂しさを感じる。
今まで、この馬車に14人が乗っていたのだ。
あんな経験、もうないだろう。
スクーレから歩くこと数十日、目的の村の手前で、ぴたりと足が止まった。
覚悟は、出来ているつもりだ。
服の下にあるお守りをそっとなぞる。
一度だけ、深呼吸をして、再び足を動かす。
木々が揺らめく。
村の入り口が見えたとき、あの頃と何も変わってない、そう思った。
外との接触の少なそうな、穏やかな村だ。
老人が歩いているのを目で追いながら、入り口に向かう。
声を掛けるために近づこうとする足が止まる。
老人と一緒にいる、背の高いその人。
その姿を一目見た瞬間、レオはただ涙を流した。
ぽろぽろとこぼれる雫も、あふれ出す感情も、レオにとって些細なことだった。
ただ、その人がそこにいる。
レオの頭の中は、それだけだった。
涙を流し続けるレオに気付いたのは、村の数少ない青年だった。
どうしたんですか、そう尋ねる青年に反応を示さないレオ。
大丈夫ですか、そう、先ほどよりも大きな声で青年は呼びかけた。
その青年の大きな声に、老人と、老人と一緒にいた男はレオと青年がいるほうを向いた。
男は、一度大きく目を見開き、驚いた顔のまま足早にレオへ歩み寄る。
「レオ」
名前を呼ばれたことへの反応であるかのように、レオは瞬きをし、ぱたぱた、と涙は地面に落ちた。
久しぶりだな、上半身を折り曲げるようにして耳元で囁かれた言葉に目を閉じ、身体を引き寄せる腕に身を任せた。
ぼうっとした意識が徐々に鮮明になるにつれ、自分がとんでもない行動を取ったことに気付いた。
集まりだした人の視線に耐え切れず、身体を捩り、自分を抱きしめたままの男の顔を覗き込んだ。
「フリー」
久しく口にしていなかったその名前は、すんなりと馴染み、案外大きな音になって宙へ舞う。
「何だ、レオ」
目の前で唇が動き、空気が揺れ、顔に当たる。
「僕は、今、人生で、一番、ダサい、って、思ってる」
ゆっくりと、ただ一人だけに聞こえるように小さな声で、歌うように言う。
レオらしいな、と一言いい、彼は、すっと身を少しかがめたかと思うと、軽々とレオを横抱きにした。
「ばっ、ちょ!」
突然の行動に驚きながら、赤く染まった顔を誰にも見られたくないと、レオは顔を伏せ、彼の首筋にうずめた。
前言撤回だ、今のほうが、人生で一番ダサい、そう決まってる。
フリーは、お騒がせして済みません、はい、俺の家に、なんて周りの人に言いながら歩いている。
僕を何処へ連れて行く気だ、と思えば、心配するな、俺の家に連れて行く、なんて言われた。
別れてから10年以上が経つのに、相変わらずこの人は僕に必要なものに気付く。
ずっと貰ってばっかりだったから、今度は、返す番だ。
(全部、返しにきた。アンタから貰ったもので、アンタの意志を引き継いでやるよ)