こいびと
「おい、リカルド」
今まさに船を下りようとしていたものだから、いきなりの声に吃驚した。後ろを振り向くと、すぐ後ろにいたイリアとエルも吃驚した様子で、呼ばれた本人であるリカルドはスパーダのほうを向いていたから、どんな表情をしているのか分からない。アンジュも、不思議そうな顔をしている。スパーダだけが、無表情だ。
「歯ァ、食いしばれ」
無表情だった顔が、にわかに険しくなったかと思うと、ぱしん、という乾いた音がした。音に驚いて、目をとっさに閉じてしまう。おそるおそる目を開くと、また無表情に戻ったスパーダの顔。
「スパーダ君、何を」
「セレーナ、構わん。俺に非がある」
そう言ってスパーダに歩み寄るリカルド。スパーダの目の前で止まり、そのまま、体を引き寄せた。
「すまなかった」
「・・・ホントは、拳で殴るつもりだったんだけどな」
なんだか、見てるのが気恥ずかしくなってきて、海を見ていたら、イリアが服を、くい、と引っ張ってきた。
(ね、先に行っとこうよ)
音を出さずに口を動かしているのをなんとか読み取って、イリアの後ろでうなずくエルと目配せしてきたアンジュと、船を下りた。
(痛そうだった、なぁ)