君よ、お帰り
「まやせんぱーい」
呼ぶ声に後ろを振り向くと、三人の少女が廊下を駆けてきた。先ほど、ファフナー搭乗訓練を受けていた少女達だ。
「なにー?」
自分を慕う彼女達が可愛らしくて、笑いながら答える。近くに来た彼女達は、躊躇いがちに疑問を口にする。
「あの噂って、本当なんですか?」
「真壁先輩の噂ですよ」
「彼女が、先の戦いで亡くなったっていう・・・」
彼が、後輩の憧れの的となっているのは知っている。女の子の好意の対象になっているのも。幾度か、その気持ちをぶつける場面に出くわしたことがあるからだ。どきり、とした。初めてそういう場面に出くわした時。自分の持っている感情と同じものをぶつける少女。もし、彼女の感情を彼が受け入れたら?ぐるぐると頭の中を疑問が駆け巡る。ふわ、と風を感じ、意識が現実に戻る。目の前を横切る少女。そうか、彼女の想いは・・・、そう考えた時に彼に声をかけられた。ごめん、あんまり気持ちのいいもんじゃないよな、人が振られるとこなんて。あの子の気持ちに答えてやれたらいいのかもしれないけど。彼は、そう言った。私が、誰に心を寄せているか知らないで。謝るのは、盗み見していた私の方なのに。彼の、途切れた言葉の後を、私は知っている。それが、彼女達の疑問の答え。
「彼女とは、違うな。でも、一騎君にとって、一番大切な人。私達は、失っちゃったから」
だれも、彼の傍にいることは出来ない。
あの人以外は。
数日たったある日、パイロット候補の少女三人と、ショッピングでもしようか、という話になった。平和。楽園。それが、あの人のもたらしたもの。自分の存在を犠牲にした、あの人の。私服に着替えて、少女達と待ち合わせをして、アルヴィスを出る。はしゃぐ少女。先へ先へと、二人の少女が海岸線へと走る。ふ、とはしゃいでいた声が聞こえなくなった。横で笑っていた少女と、顔を見合わせる。
「何か、あったんでしょうか」
「行ってみよ?」
向かった先には、二人の少女と、一人の影。長い、亜麻色の髪。海を見る横顔。本で見た、神父のような丈の長い白い服。ふ、とその体が動く。正面からの、その人の顔。左目にかかる、傷。
「せんぱい、知り合い、ですか?」
横にいた少女が、囁くように聞いてくるが、答えられない。呼吸の仕方を忘れてしまったかのようだ。目の前の人は、優しく笑っている。初めて見た。この人が、こんなに優しく笑っているのを。ふわり、と風が吹きぬけ、その人が、足を動かす。一歩、一歩と歩き、気が付けば、自分の横を通り過ぎていた。どうしても、声を出したくて、体を動かしたくて。気が付けば、視界は、ぐるり、と180度変わっていて、出した声は予想より大きかった。
「かっ、一騎君は、司令室だよっ」
後姿のその人は、振り返って、もう一度笑った。
「ありがとう」